中1の息子に教える株式投資の始め方

40代の兼業投資家です。2019年の秋に株式投資を始める予定の息子「くま」に、投資の心構え、決算書の読み方、ビジネスモデル等をやさしく教えます。

東日本大震災と株式投資

 

地震を気にしない人のイラスト

1.震災と東京電力の株

かぶ1000さんという有名な個人投資家がいる。

中学生の頃に株を始め、「株式投資に全ての時間を使いたい」という理由で高校卒業以降一度も定職に就かず、現在も生活費等のお金は全て株式投資から得ている専業投資家だ。その資産は3億円以上。純度100%の「生涯投資家」だと思う。

 

このかぶ1000さんは、2011年の東日本大震災東京電力の株を買っている。知っての通り、東京電力福島第一原子力発電所の所有者だ。福島第一原発は、震災の影響で原子炉がメルトダウンし、放射性物質を撒き散らした。

その最中に、福島第一原発の所有者である東京電力の株を買っていたのだ。

 

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これが東京電力の10年間の株価チャートだ。

震災後にフリーフォールして地面にぶつかっている。その後、空気の抜けたボールが跳ね返るようにちょっとだけ反発しているが、そのあたりで儲けたのだろう。

かぶ1000さんは、なんらかの確信があってそのような行動に出たのだろう。私には到底真似できない。

 

もう10年ほど前のことになるが、この時の事はよく覚えている。東京電力の株は買わなかったが、自分なりに考えて行動した。

今日は、2011年3月に私がどのような行動を取ったかを書いてみたい。

 

 

2.2011年3月10日の状況

2011年の投資家としての私は、仮死状態だった。

仕事があまりにも忙しく、気持ちにも余裕がなく、全く株式投資への興味を失っていた。株式の保有は続けていたが、株価の確認は1ヶ月に数回程度だった。

何よりも持ち株の株価が上がらない。あまり下がりもしないのだけど、全然上がらない。減らない含み損を毎日確認するのもストレスなので、本当にほったらかしていた。「まあいいか」そんな気持ちでいた。

 

私が株を始めた最初の数年間は調子よく資産を増やしていた。しかし2011年頃は、含み損を抱えた株を、ただ何も考えずに保有していただけだった。

それもそのはずだ。日経平均は私が株を始めた2003年頃から上昇していた。

そして2008年にリーマン・ショックが起きた。私の運用資産は激減した。

 

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これは2000年からの日経平均のチャートだ。

 

株式投資を始めた頃は、資産がどんどん増えていくのは自分の実力だと思っていた。しかし実際は大きな流れに乗っていただけだった。流れはそのうち滝壺に注いだ。いつまで経っても新しい流れに乗れて浮上する日は来なかった。

 

2011年の私は、下がりきった持ち株を所有しているだけ、退場していないだけの投資家だった。

 

でも、少しずつ入金はしていた。

仕事で得たお金を、少しずつだが証券口座に入れていた。

仮死状態だけど、その入金だけが投資家としての種火を残していた。

 

 

3.3月11日

そして地震が起こった。

津波が起きて大勢の方が亡くなった。福島県で原子炉がメルトダウンした。

私の住んでいた地方も3日間ほど停電した。

放射性物質が撒き散らされて、日本はもう終わりだ、と言われていた。放射能汚染を避けるため、関西や沖縄の方に疎開する芸能人のニュースなんかが流れていた。

 

日経平均は暴落した。

 

 日経平均は日本の企業の平均株価だ。日本が終わりなら、日本企業もほぼ終わりだ。当然のように暴落していた。

 

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東日本大震災(2011年)前後の日経平均株価チャート | 経済&マネー

 

そんなニュースを見て、仮死状態だった投資家の私は怒りとともに目覚めた。

「日本が『この程度の震災』で終わるか。バカじゃないか?日本は太平洋戦争の焼け野原からも復興したんだ。日本人を舐めるな!」

そんな気分になっていた。 

 

そして速攻で日経平均ETFを買った。すべてのキャッシュポジションを日経平均ETFに注ぎ込んだ。

本当は個別株を買いたかったけど、しばらく相場から離れていたので何を買えばいいかわからなかった。個別銘柄を調べる余裕はなかった。だからとりあえずETFを買ったんだ。3月17日の事だった。

 

 

4.その後

予想通り、日本は終わらなかった。

しばらくは仕事がものすごく忙しくなっていたが、仕事をしている間も株価は戻ってきていた。

仮死状態だった投資家としての私も生き返った。

 

 生き返るタイミングとしては申し分なかった。その後、日経平均アベノミクスのお陰で生き返ってくれたのだから。

 

 

この話、続きます。